ちょうちょと肋骨

 このところ、肋骨が痛い。どこかにぶつけた覚えはない。痛みといっても、大したものではないのだが、一週間も続くと気になってくる。
 位置的にいって、ちょうど肝臓のまん真ん中。内臓疾患かとも思うが、不思議と痛いのは肋骨を押さえた時だけで、骨と骨の間を押さえても痛くはない。
 酒は飲んでいる。ここ20年ばかり、休肝日もなしに飲んでいる。飲む量は日々まちまちだが、いわゆる大酒のみの域には達しないだろう。ただ、飲まない日はない。ビール1本でも、日本酒一合でも、口にしない日はない。それで沈黙の臓器といわれる肝臓が、果たして音をあげるものかどうか。

 心配だったら、検査を受ければいいだろう。わたしもそう思う。しかし、そうできない事情があった。妻のことである。
 妻にはなにかしら超常的な力がある。本人も半信半疑なのだが、だからこそ、本人にはコントロールできない力ともいえる。
 今のところ、些細なことばかりではある。喧嘩をすると、段差もない道で転んだり、通い慣れた階段から落ちたり。妻が右へ行こうという道をまっすぐ行くと、会いたくもない人に出会ったり。ちょっと悪口を言っただけで、煙草の火種が爆ぜて火傷をしたり。100円ショップでたまたま目についた、携帯用の灰皿を買ってくると、
「ちょうど欲しかったの。」
 社交ダンスの会場が禁煙で、灰皿代わりに使っていた空き缶から見つかってしまった。次の練習日の前日に、わたしが買ってきたのだった。
 そういったことはよくあって、何気なく買ったものを取り上げられてしまう。
「たまたまとか、何の気なしにっていうのは、きっと、わたしの電波がとどいたのよ。」
 なんて言って、ふふんと笑っている。

 妻は生ものが嫌いで、刺身類は一切食卓に上らない。脂身も嫌いで、豚足など以ての外。妻が友人と舞台を見に行くとかで、食事をして帰るという時、わたしは刺身を好きなだけと豚足を買い、一人ゆっくり晩酌をしていた。妻の帰りが意外と遅く、すべて食べ尽くせそうな様子となった。妻も遊びに行っているのだし、なに憚るところもないが、自分が一人で酒宴を開いたことを、わざわざ知らせる必要もない。そこで証拠隠滅を決め、最後の豚足を頬張った瞬間に、妻が帰ってきた。
「悪いことは出来ないものね。」
 わたしは豚足を頬張ったまま、実に情けなさそうな顔で妻を見たらしい。悪戯を見つかった子供の顔。それですべてを察したわけだ。
「こそこそしないで、食べたかったら食べればいいのよ。」
 こそこそする気などなかった。ただほんの一瞬、隠そうと思えば隠しおおせると思ったその瞬間を、彼女は逃さなかったのだ。

 こうしたことが、どうして肋骨の痛みを医者に訴えられない理由になるのか。
 実はわたしには妻に対して後ろめたい気持ちがあり、まずそちらの方を何とかしたいと思うのだ。それを片づけないまま医者にかかると、とんでもない結果が固定されてしまう気がする。具体的には肝臓癌だとか、肝硬変だとか。
 万全を期すためには、まず−−

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