「パロパロ」はまずまず混んでいた。パティは他の客についていて、わたしを見つけて小さく手を振ったが、わたしの席に移りはしなかった。むこうの方が上客なのか、それともわたしに対する馴れなのか。
 わたしにしても、彼女と話をする時間が先延ばしになることは、「願ったりかなったり」ともいえた。わたしの席についたフィリピーナは来日したばかりで、その言葉の意味を聞いてきたので、わたしは英語で説明した。
"What a fortune! It's what I hope"
 それからはまるで日本語教室のようになった。
「合点承知の助」−意味は、"OK.I'll do that"
「奇妙奇天烈」−意味は、"Very very strange.Unblivable"
「朝飯前」−意味は、"It's easy"
「への河童」−意味は、"Same meaning with [asamesimae].Or it's nothing,it don't harm me at all"
「河童の屁」−意味は、"Always used after [zamaa kankan].Means watch how you louse"
「結構けだらけ 猫灰だらけ 近頃町中公害だらけ」−意味は、"I refuse"
「おとといおいで」意味は、"Same meaning with [kekkoukedarake,nekohaidarake,chikagoromatijuukougaidarake]"
「天涯孤独」−意味は、"I'm alone in the world"
「不幸な星の元に生まれる」−意味は、"I'm so unlucky.Nobody can change my destiniy"
「感謝感激雨あられ」−意味は、"Thank you very much.You are so good man"
「涙涙のお別れね」−意味は、"I'm so sad to say goodbye"・・・

 小一時間して、パティがわたしの席についた。先にいた子が彼女にタガログ語でなにか言い、ふたりくすくす笑う。なんだと聞いても、答えないで笑うばかり。それでパティに教わったタガログ語の単語を口にしようとしたが、今日はこんな話をしに来たのではなかった。彼女らを前にすると、どうにもふざけてしまう。わたしは肋骨を押さえ、その痛みで自らを戒めた。
 パティに別れを告げなければいけない。
 話があると伝えると、パティはもう一人の子にタガログでなにか言った。するとその子が立ち上がったので、「悪いね。」と言うと、
「ヘノカ・・・?」
「河童」
 答えたのはパティだった。それからタガログで何かつけたすと、相手は笑い、
「悪イ人」
 差した指で、そのままわたしの頬をなぞり、
「涙涙ノ、goodbyeネ」

 話を切り出すにも、先の子とふざけたせいで、別れ話をする心情が迫ってこない。これでは彼女を説得できるか躊躇され、別れなければならない理由をもう一度自分に言い聞かせた。
 パティとは、ここ3ヶ月ばかり逢瀬を重ねている。彼女はどう思っているか知らないが、わたしにとっては遊びに過ぎない。「遊び」といっても、まあ、玩具にしたと責められれば反論は出来ないが、それでも彼女にも尽くしたと自分では思っている
 しかし、もしパティと妻とどちらかを選ばなければならないとすれば、わたしは妻を選ぶだろう。パティとはいつか別れなければならない。このまま関係を続けたとしても、わたしが妻と別れて彼女と結婚しない限り、ヴィザが切れれば本国に帰らなければならない。今日別れを切り出すというタイミングはわたしのわがままだが、いずれそうなる運命なのだ。

「パティ、実は今日はお別れを言いに来たんだ。」
 わたしが黙っている間、ただじっとわたしの肩に頭をもたせかけている女に、おずおずと話しかけた。
「オ別レ?誰ト誰ガ?」
 顔を上げて、パティが聞いた。とぼけているのではない。彼女にしても、日本語が堪能というほどではない。
「僕とパティが別れるのさ。ごめん。しょうがないんだ。」
 彼女は深くため息をつき、「奥サン、ワカッタノ。」
 そうだといえば、それですんだろうか?わたしは嘘はつけなかった。
「いや、まだ気づいちゃいない。」
「ジャ、今日デばいばい、No。ナンデ今日デばいばいヨ?」
 わたしは彼女の手を取り、「パティ、僕は君を幸せに出来ない。君は自分の幸せを探さなきゃいけない。」
"No!"彼女はわたしをにらみつけ、「嘘!ソレジャダメ。ワタシ、ワカラナイ。ワタシ、ダメヨ。ワタシ、別レナイ。」
 ふくれてそっぽを向いてしまった。わたしもあまりのきれいごとを言ってしまったと後悔し、やはり誠実に、本当のことを言わなければならないと思っていると、ウェイターが時間を告げに来た。もう90分が過ぎていて、今日彼女ときりをつけたければ、さらに延長しなければならない。
と、彼女は涙をたたえた目に怒気を含み、震え上がるほどにウェイターをにらみつけた。
「アナタ、野暮ヨ!サッサトウセロ!」
「野暮」−意味は、"Person who is not delicate"
「さっさとうせろ」−意味は、"Out of my sight"

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