ブランディ・サンデー

 「パロパロ」へは武藤氏に連れていかれた。本人に対しても、誰もが「武藤氏」と呼ぶ。誰とも気軽に口を利き、飲みに行ったりするが、特別親しくなるわけではない。親しみとよそよそしさと、その両方を込めた「氏」扱いがぴったり来るので、わたしもそう呼ぶようになった。
 武藤氏とは会社も違うし、大学も違う。一体どこで知り合ったのか思い出せないのだが、たしか誰かの紹介だったと思う。みんながそんな風に武藤氏と知り合ったのであって、彼の詳しい素性を知っている人はいないかも知れない。
 実をいえば、わたしは彼の仕事も出身校も知らない。自分とは違うと勝手に思っているだけで、確かめたことはない。他の連中もそうで、
「いや、明治にはああいうタイプはいないよ。」
といった具合に決めつけ、自分との接点を否定する。別に武藤氏を嫌っているわけじゃない。ただなんとなく、自分との違いを感じてしまうのである。

「今夜あたり、一杯どうですか?」
 それ以外の用事で電話してくることはない。断っても執こくはなく、「またそのうちに」とすぐに切れてしまうのだが、よほど忙しくない限り、2回に1度はOKしてしまう。
 武藤さんはフィリピン・パブ専門。わたしが空腹を訴える時だけ、先に居酒屋に寄るが、まさに腹ごしらえのためで実に落ち着かない。Pパブの方は彼のおごりなので、居酒屋はわたしがおごるが、そんな飲み方なので大した金額にはならない。
 なぜ彼がわたしを誘うのか、あまり深く考えなかったのは、わたしが特別だとは思わなかったからだろう。彼は知り合いをひとしなみに誘っていた。今時接待費が有り余っているなんて、うらやましい話だ。どうせ向こうだってわれわれをだしに使っているんだから、せいぜいたかってやろう。そんな雰囲気が、武藤氏を取り巻く人間に濃厚だった。
 わたしの知る限り、武藤氏が店の子に手を出したことはない。彼曰く、
「セックスの快楽なんて、その時だけのもの。それより、こうして女の子を眺めてた方がずっと面白い。」
 眺めるといっても彼女たちの容姿やスタイルではなく、彼女たちがどのようにもまれ、磨かれ、競い、敗れてゆくか、つまり彼女たちの生き様をシニカルに眺めている。幸福を手に入れるものはほとんどいない。メンバーは始終変わるので、店の中での優劣はひどく流動的。女の子自身も他の店に引き抜かれれば、一から自分の位置を勝ち取っていかなければならない。そのうちに、変な男に引っかかってしまう。勝者のいない戦い、結局店だけが儲かる構造−−彼はそれを一段高いところから見ながら、一体何を考えていたのか。自分を彼女たちに重ねて見ていたのか、それとも駒を動かす側に立って見ていたのか。
 しかし流石に通いつめているだけあって、新顔を見極める目は確かだった。彼が半年もたないだろうという子は、早々と国に帰っていったし、彼がNo.1になるといった子は、その通りNo.1になった。
 そして、「次期No.1」と紹介されたのが、ジェィニーだった。

 ジェィニーにはアメリカ人の血が1/4、中国人の血が1/8混じっているらしいが、とにかく不思議な、フィリピーナとしてもエキゾチックな顔立ちをしていた。特徴的なのが太い眉で、昔中国では美しい眉を「蛾眉」と呼んだことを思い出した。こんな眉をした美人には、日本ではちょっとお目にかかれないだろう。
 まだ来日して1週間だが、片言ながら日本語がしゃべれるのは、本国で日本人向けのパブに勤めていたからだという。
「じゃあ、誰かを追いかけてきたんだろう。」
 彼女が否定するのに、「嘘つけ」と追い打ちをかけると、彼女は、
「チガウ、チガウ」焦れったそうに、ソファーの上で小さく飛び跳ね、「日本語デ、ナンテ言ウ?−−オマエ、バカ。イラナイ。」
 わたしたちは笑いながら、「愛想がつきる」という言葉を教えた。

 わたしは誰にでも携帯番号を教えるタイプではないが、ジェィニーには求められるままに教えた。
「ついにあなたも陥落ですか。」
 その時わたしは、隣で高笑いする男の眺めの中に、自ら身を置いたことに気がついた。

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